ファインチューニングとは、学習済みのAIモデルを対象タスクに合わせて再学習する手法です。特にLLM(大規模言語モデル)を特定のビジネス課題や業界特有のニーズへ最適化するための手法として、ファインチューニングが広く注目されています。しかし、実際にどんなステップで行うべきか、何に注意すればよいか、という点で疑問が残る部分も多く、導入をためらう企業も少なくありません。
本記事では、転移学習やRAG(Retrieval-Augmented Generation)との違いを踏まえながら、ファインチューニングの基本概要を紹介します。また、実践に向けたデータの作成手順や応用例、導入時の注意点についても詳しく解説します。ファインチューニングの効果的な活用方法を理解でき、実際にビジネスでの導入する際に役立てていただける内容となっています。
ファインチューニングとは、すでに大量のデータで学習済みのAIモデルを特定の目的や環境に合わせて、追加データで再トレーニングするプロセスです。
例えば、多分野の自然言語データを学習した汎用的なLLM(大規模言語処理モデル)に、医療分野など特定分野や最新のデータを追加学習させることでパラメータの定数を変更し、新たな医療特化型LLMを開発します。スポーツに例えると、既に一定以上の基礎体力と運動神経を持っている新人選手(事前学習済みモデル)に、特定のスポーツの動きや道具の使い方、戦略やルールを教え込む追加練習(ファインチューニング)を課して即戦力に仕立て上げるようなイメージです。
このような場合に、従来の機械学習モデルでは基本的にゼロから学習する必要があり、膨大なデータと計算リソースが必要でした。しかし、ファインチューニング手法が一般的になったことにより、既存の高性能なモデルをベースにして学習コストを大幅に削減しつつ、特定の用途に合わせた出力が可能になります。ファインチューニングを活用することで、AI技術の導入がより効率的に行えるようになることから、さまざまな分野で採用されています。
転移学習は、ある領域で学習して得た知識を広く他のタスクへ転用する広い概念を指します。ファインチューニングは転移学習を実現するための具体的な手法の一つです。ファインチューニングは事前学習で得た汎用的な知識を活かしつつ、新しいタスクの特性に合わせてモデル内部のパラメータを調整・最適化する点に特徴があります。転移学習を実現するためのファインチューニング以外の手法の例として、事前学習済みモデルを「特徴抽出器として利用する」手法もあります。
ファインチューニングとRAGは、どちらもAIモデルの性能向上を目的として新しいタスクに適応させる手法ですが異なる仕組みを持ちます。以下が、ファインチューニングとRAGの主な違いです。
比較項目 |
ファインチューニング |
RAG |
定義 |
事前学習済みモデルに対して追加データで学習して特定タスク向けに最適化 |
生成モデルと情報検索の仕組みを組み合わせ、外部のナレッジベースから得た情報を追加して回答を生成 |
仕組み |
モデル自体のパラメータを変更する |
モデルのパラメータは変更せず、外部情報との連携により動的に最新の情報や広範な知識を反映させる |
目的 |
特定タスク、特定分野での振る舞いを適応させる |
最新性、事実性、特定の外部知識に基づいた応答を生成する |
活用例 |
言語モデルを法律文書に特化させる |
チャットボットが最新の社内文書を検索し、それを元に回答を生成する |
ファインチューニングはモデル自体を特定タスク向けに最適化するプロセスであるのに対し、RAGは外部情報を活用して生成モデルを補完する手法です。RAGの概要については、『RAGとは?仕組みや機能、導入手順・活用事例・注意点を解説!』で詳しく説明しているので、ぜひ併せてご覧ください。
ファインチューニングでは、多種多様な手法が開発されています。以下が主な手法です。
手法 |
概要 |
フルファインチューニング |
モデルの全てのパラメータを更新する最も基本的なアプローチで、高い性能が期待できるが、計算コストが非常に大きくなる |
パラメータ効率的ファインチューニング(PEFT) |
モデルの一部のパラメータのみを学習させるアプローチで、計算コストやメモリ使用量を削減できる |
選択的ファインチューニング |
フルファインチューニングとPEFTの中間的なアプローチで、モデルの特定の層(例: 後半の数層だけ)のパラメータのみを更新する |
近年では、計算資源やメモリ使用量を抑えつつ効率的にモデルを適応させるパラメータ効率的ファインチューニング(PEFT)の研究が盛んです。以下に挙げるような多様な手法が提案されています。
上記のなかでも、LoRAは比較的少ないパラメータで高い性能を発揮できるため、広く使われています。また、(IA)^3も非常に少ないパラメータで済む場合があります。どの手法を選択するかは、対象とするタスク、利用可能な計算資源、求める性能レベルなどによって異なります。
ファインチューニングは、AI開発の効率化と精度向上に大きく貢献します。ここでは、ファインチューニングを行うことによって得られる4つのメリットを紹介します。
ファインチューニングでは、大規模な事前学習済みモデルを活用することでゼロから学習する必要がありません。そのため、短期間で実用的なモデル構築が可能になります。すでに広範な知識を持った基盤モデルの知識を流用する仕組みであるため、高度な学習にかかる計算量や時間を大幅に削減できます。ファインチューニングを活用することでプロダクトやサービスの市場投入までのリードタイムを短縮することが可能です。
ファインチューニングにより、さまざまな業界において専門特化したタスクへの適応やカスタマイズが容易になります。特に、生成AIでファインチューニングを活用することで、特定の業界やドメインの専門用語や特殊表現、特有の文体が反映された出力を実現できます。ファインチューニングによって、AIモデルを「自社専用」のAIとして最適化することが可能です。
基盤モデルがすでに広範な知識を持っているため、ファインチューニングに必要な追加学習は比較的少量のデータで効果を発揮します。そのため、データを収集したり、データセットを購入したり、アノテーションを行ったりするコストを抑えることができます。また、ゼロからモデルを学習させるよりも計算資源(高性能なGPUなど)を大幅に削減可能です。そのため、スタートアップをはじめ人材リソースが限られる企業でも効率的にAI開発を行えます。
少量のデータでも高品質な出力を実現できるのがファインチューニングの強みです。すでに一般的・汎用的な知識を学習しているモデルを活用できるからです。Google、OpenAI、MetaなどのITジャイアントが開発した非常に高性能な基盤モデルを利用できるのは大きなメリットです。ファインチューニングを通じて、最先端のAI技術の恩恵を自社のビジネスに取り入れることができます。高い出力精度を維持しながら、少ないデータからでも短期間でのモデル適応が可能となります。
近年、さまざまな分野でファインチューニングが応用されています。ここでは、特に注目される応用例を紹介します。
OpenAIのChatGPTに使われているGPTなど汎用性の高いLLMをファインチューニングすることで、ChatGPTならではの柔軟で高精度な回答を得ながら、特定の業界やタスクに特化した知識や用語を反映できます。例えば、以下のような専門的なタスクで求められる高精度な生成結果を得ることが可能です。
ファインチューニングをLLMに活用することで、よりパーソナライズ・高度な出力を得ることができます。LLMのメリット・デメリット、企業で導入するプロセス、活用事例を『LLMとは?仕組みや種類、メリット・導入手順・活用事例を解説!』で詳しく説明しているので、ぜひ併せてご覧ください。
画像認識分野では、ImageNetなどの大規模な事前学習済みモデルから、医療画像や衛星画像、産業用途の画像など特定の種類の画像に合わせたファインチューニングが行われています。例えば、医療画像では病変や異常の検出精度が向上し、産業用途では製造ラインの異常検知などを精度良く行うことが可能です。データ量が限られている場合でも、AIによる画像認識の精度と効率が大幅に向上し、さまざまな業界での迅速かつ高精度な判断支援を実現できます。画像認識の種類、活用例、モデルの構築方法、問題点を『画像認識とは?種類・仕組み・AI開発の流れ・事例・問題点を解説!』で詳しく説明しているので、ぜひ併せてご覧ください。
ファインチューニングの標準的な手順を紹介します。
解決したいタスクや、利用可能な計算資源(GPUスペック、予算など)に適した事前学習済みモデルを選びます。例えば、自然言語処理であればBERTやGPT、T5、画像認識であればResNetやVGGが候補に挙がります。
ファインチューニングを成功させるためには、タスクに関連するデータの収集が特に重要です。データの品質・量・多様性がモデルの性能に大きく影響します。データを収集する際は、既存のデータセットや公開データ、社内で保有するデータを活用しましょう。必要に応じて、Webスクレイピングや外部API、クラウドソーシングを利用し、データを補完するのもおすすめです。データ収集時の6つの注意点を『アノテーションデータ収集依頼時の注意点』で詳しく説明しているので、ぜひ併せてご覧ください。
収集したデータに対して、正確なラベル付けやアノテーションを実施します。特に、データアノテーションはAIモデルの学習において重要な作業です。アノテーションの精度が、モデルの精度に直結します。アノテーションの対象となるデータの種類、アノテーションが重要である理由、アノテーションのプロセスを『アノテーションとは?AI活用でなぜ必要?プロセスと作業内容を解説』で詳しく説明しているので、ぜひ併せてご覧ください。
データを学習に適した形式にするために、データの種類に合わせて前処理も必要です。例えば、画像データの場合はリサイズ・ノイズリダクション・正規化、テキストデータの場合はトークン化やストップワードの除去などの処理が含まれます。
これ以降の手順は、Amazon SageMakerなど各種AI開発プラットフォームによって異なります。まず、計算資源、求める精度、更新する知識の量などを考慮してファインチューニング手法を決定します。そして、そのプラットフォームに応じた方法でモデルの訓練や調整を行い、以下に挙げるようなパラメータ設定を行います。
これらはファインチューニングの成否に大きく影響するため、慎重に設定・調整します。
準備したデータセットと設定したハイパーパラメータを使って、選定したモデルの訓練(追加学習)を開始します。最後に、ファインチューニングされたAIモデルを検証用データセットやテストデータセットを用いて評価します。F1スコアや各種損失関数など、タスクに応じた評価指標を用いて性能を確認します。
ファインチューニングを効果的に活用するためには、いくつかの注意点があります。
ファインチューニングの結果は、使用する追加学習データセットの品質に大きく依存します。不正確なラベル、ノイズが多いデータ、偏ったデータ(バイアス)は、モデルの性能低下や予期せぬ振る舞いの原因となります。また、データ量が少なすぎると、モデルがタスクを十分に学習できない可能性があります。そのため、ファインチューニングを行う際には、データアノテーションが成功に不可欠です。
フルファインチューニングの場合、新しいタスクを学習する過程で事前学習で獲得していた汎用的な知識をモデルが「忘れて」しまう破滅的忘却 (Catastrophic Forgetting)が起こることがあります。破滅的忘却により、ファインチューニングしたタスク以外の性能が著しく低下する可能性があります。学習率の適切な設定や、パラメータ効率的ファインチューニングの活用検討が求められます。
過学習 (Overfitting)は、用意したファインチューニング用データセットにモデルが過剰に適合して、未知のデータに対する汎化性能(応用力)が失われる現象です。訓練データとは別に検証データを用意し、検証データの性能を見ながら適切なタイミングで学習を終了したり、適切なハイパーパラメータ(特に学習率やエポック数)を設定するなどの対策が必要です。
ファインチューニングには計算リソースを大量に消費する場合があります。特に大規模な事前学習モデルを使用する際には、十分なGPUやTPU、メモリを備えた環境が必要です。リソース不足や過剰な割り当てが発生しないよう、事前に計算リソースの見積もりを行い、適切なハードウェアを用意しましょう。
ファインチューニングをLLMや画像認識分野に活用することで、少量のデータで高精度な出力・認識が可能となり、AI開発リードタイムの短縮につながります。汎用的なデータをインプットした事前学習済みモデルの活用により、限られたデータでも効率的にモデルを特定のタスクに適応でき、高精度な結果が得られるためです。しかし、データのアノテーション作業が低品質な場合はバイアスやノイズが影響を与え、汎用性が低下したり、過学習のリスクが高まったりします。そのため、ファインチューニングの成功には、正確なアノテーションが不可欠です。